父で1972年夏季オリンピックレスリング代表、日本体育大学教授の山本育英は、小学生の頃から息子の山本 “KID “紀文、妹の山本聖子とともにレスリングの英才教育を行う。 13歳で第1回全日本女子選手権を制覇。 その後、全日本で4連覇を達成するが、年齢制限のためレスリング世界選手権には出場できなかった。 1991年、史上最年少の17歳で初出場した世界選手権で優勝
その後、1994年、1995年と世界選手権を連覇。 1994年、全日本女子プロレス東京ドーム大会に浜口京子と出場。 1995年、Jリーグ浦和レッドダイヤモンズ(元)で池田信康と結婚し、現役を引退。 その後、第1子(山本アーセン)を出産。 しかし1999年4月に離婚。
1999年に一時的に現役復帰し、クイーンズカップ決勝進出、アジア選手権優勝、全日本女子レスリング選手権優勝を果たすが、2000年7月に格闘家の井上エンソンと再婚し現役を退く。
その後2004年夏季オリンピックで初めて女子レスリングの公式種目となったことを機に現役復帰する。 アテネオリンピック出場を目指したが、2004年2月の「ジャパンクイーンズカップ」(アテネオリンピック代表選考試合)で3位に終わり、オリンピック出場は果たせなかった。 その後、同年4月に現役を引退した。 同年、井上エンソンと離婚。
その後、2006年4月、2006年冬季オリンピック男子アルペンスキー代表の佐々木明と結婚(3度目の結婚)。 同年12月に第二子となる男児が誕生し、出産式を迎えた。 2008年11月に第3子となる女児・美亜ちゃんを出産。
スポーツビズに所属し、スポーツキャスターを務めるほか、NPO法人日本スポーツネットワーク(JSN)でキッズレスリングのリーダーを務める。
2011年6月に現役に復帰した。 2012年夏季オリンピック出場を目指し、10月16日の全日本女子オープン選手権で優勝した。 佐々木明と離婚(3度目の離婚)。 12月の全日本選抜選手権に出場するも、2回戦で敗退し、オリンピック出場を逃す。
2013年、生活拠点をカナダ・トロントに移し、活動を開始。 同年12月、ノルドハーゲンクラシックゲームズに51kg級で出場し優勝
2014年7月5日、カナダカップで3位に入賞。 2015年12月にカナダ国籍を取得し、カナダ代表として2016年夏季オリンピック出場を目指す。
2016年8月1日、リオオリンピック出場ロードを閉じた結果、総合格闘技への参戦を表明した。 また同年9月25日に開催された「Rizin Fighting World Grand-Prix 2016」無差別級トーナメント開幕戦に出場することが発表され、デビュー戦の相手は「シュートボクシングの女王」久保田令奈で、1敗を喫している。 同年12月31日、同じく「Rizin Fighting World Grand-Prix 2016」の無差別級トーナメント決勝戦でKOTC女子ストロー級王者アンディ・ウィンと対戦し、2連敗を喫した
2017年3月、写真週刊誌「フラッシュ」(光文社)で「最強のヌード」と題して大胆な姿を披露、5月にファーストヌード写真集「Queen」をリリース
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